哀惜・愛惜
3月11日。
東北大震災から10年。
記憶の中では今日と同じように晴れた空を見上げていた気がする。
当時は新宿まで毎日出勤していた。
あの日もいつも通り仕事に向かい、いつものように接客し、お客様の笑顔はいつも通りだった。
お昼のピーク時を過ぎ、店内はスタッフだけになりひと息ついていた時異変は起こった。
床下の、さらに深いところから激しい勢いで突き上げられ、右へ左へ大きく大きく揺り動かされた。
積まれていた食器を押さえるスタッフ。
火元を消しに走ったスタッフ。
冷静な行動が何故出来たのか、今になっては不思議に思うくらいの揺れ方だった。
外を見ると、近くのビルから出てきた人達で道は溢れていた。
一様に何が起こったのか理解できず立ち尽くしているようだった。
自分たちが飛び出してきたビル全体
が、振り子のようにゆっくりゆっくり揺れ続けているのを見て少しずつ恐怖心が湧き上がってきた。
地震だ!
今までに感じたことのない揺れの激しさに、すぐに理解出来なかったかも知れない。
そのうち揺れは治まり、店内を少し片付け、退勤時間を過ぎていたのでまたいつものように駅へと向かった。
職場にはテレビもラジオもないので震度や震源地などの情報を知らず、携帯電話は待ち合わせの約束をしていた娘と連絡を取るために使っていた。
なかなか連絡がつかないまま新宿駅に着いたとき、そこはいつもと違う様子だった。
人の多さ、だけではない。
溢れた人達はみんな明らかに騒然とし、異様とも言える動き方だった。
急に心臓が波打ってきた。
多くの人が見上げている先には、あの光景が広がっていた。
津波…
目を疑った。
いや、どこの国のニュースが流れているんだろう、と咄嗟に思った。
何も知らないままホームに向かおうとしていた足は改札の先を見て止まった。
改札の先には駅員の方が数名立っているだけ。
いつもなら歩くのもままならないほどの駅が静まりかえっていた。
まるで深夜のようだった。
もしかするとそれよりも閑散としていたかも知れない。
繰り返し流れるアナウンスにようやく耳を傾けた。
「地震のため、運転見合わせ」
そのアナウンスも次々と情報が変わり、そのうち今夜中の復旧は見込めないと絶望的な内容になってしまった。
何よりも気がかりだった娘は、ちょうど家を出ようとした時に地震が起こり、食器の割れる音に立ち戻ったことで家に留まっていた。
電車の中や駅で立ち往生していないことを知り、心から安心した。
それで十分だった。
娘の無事を知ると急に家に帰りたくなった。
なにがなんでも帰るんだ!と思い立った。
19時を過ぎ、寒さがこたえ始めたが足は娘が待つ埼玉の家へと向かっていた。
もちろん道などわからない。
ただ線路に添い、人の列に着いて歩くだけだった。
電気屋の店頭に並ぶテレビからは自力での帰宅に注意を促すメッセージが聞こえてきたが、歩みは止めなかった。
池袋で一度だけ交番に寄り道案内を受けた。
優しく心配して頂いたことが励みになった。
歩き続けた。
休むと次の一歩が出ないと思ったから。
日付けが変わったが多くの人がまだ歩き続けていた。
見ず知らずの人でも一緒にいることに安心感があった。
道路の案内で埼玉に入ったことを知り、体も足も疲れきっていたが気力が繋がった。
気がつくと一人になっていたが、気がつくと何度も通っている見慣れた場所まで来ていた。
ホッとした瞬間、急に足が震え動悸が激しくなってきた。
あと少しなのに…
もうすぐなのに…
倒れてしまえば会えなくなる。
なんとしても着かなければ意味がない。
祈る思いで一歩を進め、倒れ込むように玄関を開けた。
走り降りて来た娘の膝で化粧を落としてもらい、肩につかまり部屋に上がった。
娘は新宿で夜を明かしているであろう私を気遣い、暖房もつけず一晩中待っていてくれたようだ。
新宿から歩くこと10時間。
あの時の想いは毎年娘と共有している。
ご家族やお仲間、ご友人を亡くされた方々の悲しみも毎年続くであろう。
同じように共有は出来ないまでも、遠くから穏やかな日常を取り戻されることを心の底から祈り続けたい。
合掌。
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